- 2012年2月18日 15:44
- スピリチュアルな話
みなさま、こんにちは。
羽田野です。
先日とある人と話をしている時、
ずっと以前の事を思い出したんですが・・・
かれこれ15年近くも前の事ですか。
私もまだ30歳と少々。
私にも、そんな時があったんですね (; ̄□ ̄A アセアセ
とある仕事をしている真っ最中でした。
「心のこもった最高の仕事をしたい」
そう思ったのを、いまだハッキリ覚えております。
その瞬間ですね。
深く考えるという入口に立ったのは。。。
確かに自分は心のこもった仕事をしたいと思っている。
でも、そもそもが・・・
「心ってどうやって込めるんだ!?」 ( ̄▽ ̄;)!!ガーン
長年で聞くに耳慣れてしまったこの言葉。
今さら深く考えるのは、逆に簡単ではないかもしれませんが、
みなさまも、丁度いいのでこの機会に考えてみてください。
私が考えたのは、心をこめる以上、心の在り処を分かって、
それを意のままに操れないと不可能ですね。
「強く思う、念じる、強い気持ち」という事と
同意語で言いんだよ!
という人も多いようですが、果たしてそんな理屈でいいのでしょうか?
そもそも・・・
心というのは、誰に聞いても「ある」と言います。
が・・・
実際に「これが心だよ!」と、見せる事によって、
その存在を証明できる人は、誰もいないのです ( ̄□ ̄;)!!
では、そもそも心というのは、実際に存在するのでしょうか ( ̄ー ̄?).....??アレ??
そうです。みなさんが「絶対にある」と言いきっている「心」。
それこそ「そんな事を知る事に意味はない!」と
いう言葉が聞こえてきそうですが、
そんな考え方をする人に「本当に心のこもった仕事」が
出来るはずもないですね。
心が存在すると言う事は、同時に「存在する場所」というのがあります。
心の存在を明らかに出来ないのであれば、「存在する場所」を
明らかにする。そういった考え方ですね。
これを世間では「哲学」と言うそうで、
じつは私、相当な哲学者らしいです (; ̄ー ̄川 アセアセ
自分では、哲学という学問の意味すら知りませんでしたが、
数え切れないほどの人に「相当な哲学者だね」と
言われ続けましたので、そうなんだと思います。
なんの根拠もなしに「ある」と言いきってしまうという事は、
じつは恐ろしい事に繋がってしまいます。
「私は天才だ」といえば、天才になりますし、
夢の世界を「霊界」だと思えば、丹波哲郎にだって
今この瞬間になれてしまうのです ( ̄[] ̄;)!ホエー!!
自分が「心をこめた」と言えば、
すべてが「心のこもった仕事」になります。
真の「心のこもった仕事」を欲すれば、
そんないい加減では、納得がいかないはずなのです。
私は長い年月の哲学の末、心のこもった仕事を
30代半ばにして自分の手にする事に成功しました!
その方法は・・・
内緒です♪
前述でも言いましたが、良い機会ですので、
皆さんも1度、深く深く海より深く考えてみてください。
「求めよさらば与えられん」ですね。
それでは今日はこの辺りで。。。

