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羽田野 普裕プロフィール

  • Last Modified: 2011年8月 2日 20:47

_MG_2223.jpgのサムネール画像建築の世界にはじめて足を踏み入れたのは24歳のときでした。考えてみれば、随分高齢者デビューだったと思います(笑)

業界に入った時の職種は大工さん。もちろん右も左も分からない見習いですが。
建築業界を選んだのは、「何をやってもダメでいよいよやる事が無くなったから」。
大工さんを選んだ理由は、職人さんの中で1番難しいと聞いたからです。

子供のころから、図画工作など「作る」という事が大嫌いで、建築だけはやりたくないと考えていましたので、ありとあらゆる事にチャレンジし最後に残ったのが「建築」。

私が建築業界に入るに至った理由はそれです。

当時は既に結婚したい相手もおりましたし、自分の中では「これで失敗したら次やる事がない」状況でしたし、周りには「大工を始めるには年齢が遅い」と言われてましたので、気合だけは入っていたと思います。

期待感ではなく、ぬるぬるの人生を生きてきて、初めて経験する「何が何でもやりぬく」という決断。16歳から社会に出ていましたので、それなりの経験もありましたが、限りなく「それなり...」の経験でしかありません。

ですが、それがすべてのスタート地点で、大工見習いということで3年間修業しました。
当時の修業期間としては、圧倒的に短かったと思います。

その後4年間、工務店の大工仕事を請負う1人親方として過ごす傍ら、夜間休日の学校に通い建築士資格取得に成功したので、建築屋として起業しました。

画像 085.jpgのサムネール画像「リフォームなどの汚れる仕事をたくさんこなして、より多くの人に喜んでもらおう」。
そう思って事業を起こしましたが、ハイクオリティーな木質系の工事を手掛けていくうちに、国産材の家作りという新築工事をメインとする...というところまで来てしまいました。
事業を起こして10年目でした。雑誌チルチンびと編集長・山下武秀氏との出会いがその後の人生を大きく変えていくことになります。

「これからの時代を生き抜く工務店に1番必要なのはデザイン」山下編集長の言葉を最大限の形で具現化するには...?

僕の見出した答えが現在のDesigners Factory KISETSUとなり、活路を切り開いて行きました。 起業した時の目標である「建築業界に革命を起こす」、到底及びもしませんが、一旦掲げた目標ですので、命果てるまであがき続けたいと思います。

そんな日々の中で、今までを振り返ったり、現在や将来を考察しブログで発信出来ればと考えております。

どうでもいいような事が中心になるとは思いますが...(汗)
よろしくお願いいたします。

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